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初めに言ってしまいましょう。
僭越ながらあたくし、「ぬりえ」は日本画の一つの系譜だと思っています。
線が一番の要因だとでも申しましょうか。
当たり前なんですが、ぺージめくって中身は白黒ですもんね。
多分に短絡的で申し訳ないのですが。
ということで、本日はぬりえにとって大切な、というか其れしかないだろうという
「輪郭線」についてお話したいと思います。
大変粗雑ではありますが、
日本の絵には輪郭線があって外国のものには大凡輪郭線がありません。
パッと見の話ですよ?!
西洋の絵画には、何となく線があっても、ぼんやりとしていたりして
どうにも輪郭という感じでは無いとした方が
良いのかもしれないな、程度の話です。
また、実際に人の眼で見ている風景にだって、
輪郭線がくっついている訳ではありません。
だから、
言い換えれば、塗り絵のような絵は、あり得ない線の集積とも言えるのです。
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江戸の頃、既にかの葛飾北斎はこの両者をちゃんと比較し考えるにあたって
「線」とか「輪郭」とかいう言葉ではなく、
「隈取」という言葉を用いて上手く考えを巡らしていました。
北斎は『画本彩色通』初編※1の中でこう定義しています。
「カゲグマ」とは低く窪んだところから高く見えるところへ隈取りすること。
「テリグマ」とは高く見えるところから低く窪んだところへ隈取りすること。
「オホグマ」とは細かい隈のところへ薄く墨等をかけて大きな形を隈取りすること。
と。
この「隈取り」を、
具体的に辞書にあるように「陰影や濃淡を描く」だけのものだとか、
「遠近や凹凸を表すために色をぼかすこと」※2
とみてしまって良いのか大きく悩む所では在りますが、
北斎さんは、さらに前述の本の中で大変面白いことを言っています。
「ヨーロッパの隈取りと、日本の彩色の隈取りとは全く異なる。
同じアジアの中国や日本等は、絵の隈取りを模様と同じようにも考えている。
金泥で隈取りを加えることもあるのだ。」
と纏めているのです。
このように、北斎さんが「日本の隈取り」を述べている限り、
「カゲグマ」「テリグマ」「オホグマ」は、
大きくみて線に準じたもの、
筆から生み出されるものとして捉えることはできます。
日本人は、 大かれ少なかれ一本の線にいろいろな要素をごんごんと詰め込み、
絵の中の根幹を成すものとしていたのでしょう。
嗚呼、すごい。
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そして、時が流れて「ぬりえ」…
明治大正昭和と時が流れても、
民族に流れるイメージはそれ程大きく変わるものではありません。
ぬりえ作家達が日本画家だったことは周知の事実でありますが、
彼等は如何に子供達の興味を引くテーマ・図柄を追求し、
隈取りの中から
色を塗り分けることによって一つの絵が完成するという遊戯性を強調することによって、
一本の線を作り出したと考えられます。
それが私達が遊んだぬりえの中にある、
「必ずなぞってから塗りましょうね。綺麗に塗れるんですもの。」
という「輪郭線」へと形づくられていったと思われるのです。
この遊戯性は、不思議なもので、
北斎のいう隈取りに含まれている遠近感やら装飾要素を上手く操作しています。
遠近感の要素を押さえ気味にして、装飾要素を高める。
同時に子どもの発達に合わせて描写の細かさは調節する。等等。
相当の知識力と技術力によって生み出されたものだと考えられるのです。
故に、「ぬりえ」は正当なる日本の芸術である「隈取り」の一つの現在形、
日本の美術の系譜なのですよ。
とか思ふに至るのであります。
ハハハ。なんてややこしくハイカルチュアなものなのでありましょう。
いやぁ、難しい話を難しく話すのって、どうにも面白くもなんともないなぁ。
※1『北斎の絵手本三』永田生慈監修・解説 岩崎美術 1986年
※2『新国語辞典』山田俊雄・吉田泰雄編 角川書店 1991年
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